忘年会の会食中に、参加していた人が突然真っ青になり倒れてしまった。
正月、餅を食べているときに家族がのどに詰まらせ意識を失った。
こうした餅などをのどに詰まらせてしまう窒息事故は「気道異物による窒息」という。食べ物が気道に詰まるなどで息ができなくなった状態のことだ。異物が気道に入り塞がってしまうと低酸素血症となり、5分程度で心停止に至る。
日本では年間約8000人が不慮の窒息、うち約4000人が気道閉塞を生じた食物の誤嚥により死亡しており、諸外国と比べても窒息死が多いという(*1)。そして食品による窒息事故の中でも搬送件数が多いのが、「餅」を詰まらせることによる窒息事故だ。餅による窒息は1月に搬送数が集中するため、この時期は特に注意が必要だ。
次のグラフを見てほしい。東京消防庁管内における窒息による救急要請(119番通報)の件数を表したものだ(2017~2019年の3年間の累計、*2)。「1年当たりで見ると1月1日だけで33件、1月2日は13件、1月3日は9件と、正月三が日で年間のトップ3を占めます。この多くが餅による事故です。窒息による救急要請の1日の平均件数は3.5件ですから、正月はかなりの頻度で事故が起きているといえます」と日本医科大学高度救命救急センター講師の五十嵐豊氏は注意を呼びかける。
*1 消費者庁ニュースリリース「御注意ください、高齢者の窒息事故!」(2018年12月26日)
*2 Prehosp Disaster Med. 2023 Jun;38(3):326-331.
図1 窒息による救急要請件数(2017~2019年の3年間)
東京消防庁管内における窒息による救急要請(119番通報)の件数(2017~2019年の3年間の累計)。1年当たりで見ると1月1日だけで33件、1月2日は13件、1月3日は9件と、正月三が日で年間のトップ3を占める。
年始の窒息事故で救急搬送された人の多くは75歳以上の高齢者で、80代が最多。場所については「自宅や介護施設での事故が多いが、大勢人が集まる飲食店や宴会場での会食中にも起きています。若い人では咳によって異物を出せることもありますが、嚥下機能が落ちている高齢者では異物への反応や自力で咳をする機能も落ちてきているため、異物を排出することが困難になります」(五十嵐氏)
餅のほかに、にぎり寿司もリスキー その理由とは?
餅は粘りや伸びがありコシを楽しむ食べ物だが、それが窒息の危険性につながってしまう。「ほかの食べ物と違って粘着性や付着性が刻々と変わります。食べるときには滑らかで柔らかくても、口に入れた後に口腔内で温度が低下することによって硬くなり、飲み込みを失敗しやすくなります」と五十嵐氏は説明する。正月に雑煮に入れて、久々に餅を食べるという人もいるだろう。久々に食べるからこそ、十分に注意したい。
また、成人の窒息事故の原因となる食べ物の種類では、正月の餅以外にもある。もともと食べる頻度が高い米やパン、硬さや粘度、大きさなどが詰まる要因になる肉片、生魚(にぎり寿司)などが原因になることが多いという。
「パンは口の中の水分をとられやすく、肉片や筋張ったマグロなどは嚙み切れないことがあります。一方、寿司は一口で食べることが多く量の調整もしにくいために、一口分が大きくなりやすいので要注意です」(五十嵐氏)
餅などを食べるときのポイント、徹底すべき窒息予防策
窒息事故は時間との勝負とはよく言われることだ。
「ものを食べると通常は食道に流れていきますが、食道と気管の分岐点にものが詰まったり、気管が異物によって塞がれたりすると窒息してしまう恐れがあります。気道が完全に塞がると、前述したように5分程度で心停止に至ります」(五十嵐氏)
救急車の出動から現場到着までの時間は平均9分43秒(東京消防庁2022年データ)だというから、救急隊員の到着をただ待つだけでは助けることが難しい。まずは窒息事故を未然に防ぐことが先決。そして万が一にも窒息事故が起きてしまったら、周囲の人がすぐに気づいて可能な限り気道異物の除去をサポートすることが重要だ。
自分自身や高齢の家族のためにも窒息事故防止のポイントを改めてチェックしておこう。
< 窒息事故防止のポイント >
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餅や肉片は小さく切る(板チョコを割ったくらいのサイズ)。柔らかくて嚙む力や飲み込む力が衰えた高齢者でも食べやすい介護食用のお餅を取り入れるのも一案。
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水分と一緒に食べる。餅やパンを食べる前には、先にお茶や水を飲んでのどを湿らせておくとよい。
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急いで飲み込まずによく噛んで食べる。
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姿勢を正して食べる。寝転がった姿勢やリクライニングシートなどにもたれかかった状態で食べない(上を向くと嚥下機能が正常な人でもものを飲み込みにくい)。
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コロナ禍で孤食が勧められたが、窒息に関しては集まって食べるメリットもあることを知る。
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乳幼児や高齢者と食事をする際、周囲の人は目を離さない、食事の様子を見守る。
餅を詰まらせたときに、真っ先に行うことは?
窒息事故が怖いのは、のどを詰まらせている人がいても周囲は気づきにくいということだ。異物がのどに詰まったときは、「うっ」と声を出し、いかにも苦しそうにもがく人が多いようなイメージもあるが、必ずしもそうではない。そもそも気道が完全に塞がってしまうと声が出せなくなるという。静かにうなだれていると思ったら窒息していたということも珍しくないのだ。
「通常、気道に異物が詰まった人は、咳き込んだり、顔色が悪くなったり、苦しそうな様子が見られます。完全に詰まって窒息状態になると咳や声を出すことができなくなり、時間の経過とともに顔色が悪くなり意識を失うという経過をたどることが多いです」(五十嵐氏)
そのため、まず周囲の人が、様子がおかしいと気づくことがとても重要になる。
「様子がおかしいことに気づいたら、まず、のどを詰まらせた人に呼びかけて声を出せるか、咳を出せるかなどを確認します。声が少しでも出せたら気道が完全に塞がっているわけではないと考えられます。また、咳をしているようなら咳を続けるように促します。強い咳により異物が出てくる可能性があるからですが、異物が出てくる様子がないようなら直ちに119番通報をし、異物除去の応急手当てを行ってください。呼びかけに反応がない場合には心肺蘇生を行います」(五十嵐氏、正しい手順の詳細は以下に記載)
食事中に人が倒れた場合、脳卒中や心筋梗塞など他の病気の可能性もあるが、その場での判断は難しい。声が出ない、咳をしているなど、窒息の可能性が疑われるときは、周囲は何としても応急手当てを施し、気道にある異物を除去し救命を目指すことが重要だ。
「周囲の人が何らかの応急処置を行って異物の除去に成功した場合、73.7%が転帰良好(自立して生活できる状態)となりますが、周囲の人が異物の除去を失敗、または行わなかった場合には31.8%と大幅に低下することが分かっています(*3)。また、気道閉塞を5分以内に解除することができれば、ほとんどの方は回復しています。しかし時間が経つごとに後遺症として意識が戻らない割合や死亡率が高まっていきます(*4)」(五十嵐氏)
図2 気道閉塞時間とその後の回復状況の関係
異物により気道が閉塞した日本人患者119例における気道閉塞時間と神経学的転帰(大脳機能カテゴリー[CPC]で評価)の関係。気道閉塞が5分以内の場合、転帰不良(CPC4、5)の割合は6%であったが、時間が長引くにつれてその割合は増加した。CPC1は良好な脳機能でほとんど後遺症のない状態、CPC2は脳に何らかの障害は残るが自立できる状態、医学的には1と2は転帰良好と見る。CPC3は重度の脳機能障害があり介護が必要だが意識がある状態、CPC4は意識が戻らない状態、CPC5が死亡。(Acute Med Surg. 2022;9(1):e741.)
*3 Am J Emerg Med. 2017 Oct;35(10):1396-1399.
*4 Acute Med Surg. 2022 Mar 13;9(1):e741.
覚えておきたい応急手当て、気道異物除去の方法
窒息事故に気づいてからの5分間は「応急手当てのゴールデンタイム」と言われる。いざというときのために、のどが詰まった人への異物除去をサポートする手順や、状況に合った応急手当てのやり方を確認しておこう。以下、五十嵐氏の解説と日本救急医療財団心肺蘇生法委員会監修「救急蘇生法の指針2020(市民用)」に基づいて紹介する。
周囲の人が行う「応急手当て」の手順とやり方
注意 異物を取ろうとして指を差し入れないこと。
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苦しそうにのどを押さえたり咳き込んでいる、声が出せない、顔色が真っ青になっているなどの様子に気づいたら、食べ物などで気道が塞がれている可能性がある。「のどに詰まったの?」と聞くなどし、声や咳が出せるかどうかを確認。声が出て、咳を出させることができれば、できる限り咳をさせる。
注意 救助者が1人で、のどを詰まらせた人に反応がある間は119番通報よりも異物除去を優先する。
背部叩打法の手順(成人の例)
詰まらせた人が立っている状態では、図のように背後から抱きかかえ(または下あごを支え)傷病者を前かがみ姿勢にして、もう片方の手のひらの付け根で肩甲骨と肩甲骨の中間あたりを迅速に力いっぱい5回くらい連続でたたく。傷病者が椅子などに座っている状態でも、倒れている状態でも肩甲骨の間をたたく。
腹部突き上げ法(成人用)
注意 やり方が分からない場合には背部叩打法を続けてもよい。明らかに反応のない人、妊婦、乳児(1歳未満)、高度肥満者には行わない。かつてハイムリッヒ法とも言われた。
救助者は後ろに回りウエスト付近に左右から手を回す。一方の手で握りこぶしをつくり、その親指を傷病者のへそより少し上に当てる。その握りこぶしをもう一方の手で握り、素早く手前上方に向かって圧迫するように突き上げる。異物が取れるか、反応がなくなるまで続ける。この方法を実施した場合は、腹部の内臓を傷める可能性があるため、異物が除去できた場合でも救急隊にその旨を伝えるか、速やかに医師の診察を受けること。
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声が出せない・自力で咳ができない場合
気道が完全に塞がっている可能性が高いので、救助者が複数いる場合には、大声で周囲に119番通報を依頼し、以下の手順で異物除去法を試す。まず「背部叩打法(はいぶこうだほう)」を試す。効果がなければ「腹部突き上げ法」を試みてもいいが、やり方がよく分からない場合には救急隊の到着まで「背部叩打法」を意識がなくなるまで継続する。
呼びかけに反応がない・意識を失った場合は
背部叩打法や腹部突き上げ法は、意識がある場合の応急手当てだ。もし、呼びかけに反応がなければ、ただちに心肺蘇生を行うこと。通報していない場合にはこの段階で119番通報を。AEDが近くにあれば使用し、なければ胸骨圧迫による心肺蘇生を行う。胸骨圧迫によって異物が除去できることもある。
心肺蘇生の最中に異物が見えた場合には取り除く。見えない場合にはやみくもに口の中に指を入れない。また異物を探そうと胸骨圧迫を中断しないようにする。
万が一のときの心肺蘇生のやり方
参考:日本救急医療財団心肺蘇生法委員会監修「救急蘇生法の指針2020(市民用)」
反応がなくなったら、心肺蘇生を開始。胸骨圧迫(心臓マッサージ)を1分あたり100~120回のテンポで絶え間なく行う(「もしもし亀よ…」の速さで行うとよい)。目安は胸が少なくとも5cm(大人の場合)沈むくらいの力で行う。
異物除去で口の中に指を入れてはいけない理由、掃除機は使用OK?
応急手当てでは、口の中に指を入れてはいけないと前述したが、それはなぜなのか、疑問に思った人もいるだろう。その理由を五十嵐氏は「かえって異物を押し込んでしまう可能性があるからです」と説明する。同じように異物を押し込んでしまう可能性があるため、水を飲ませるのも避けた方がいいと言う。
なお、食べ物が詰まった場合に掃除機で吸引するという方法を試すことについては、「ガイドラインには記載されていません。ただ有効であったという報告は少なくないので、背部叩打法と腹部突き上げ法を行っても異物が出てこない、または行えないときに試してみる価値はあると思います」とも。
救急隊を待つ間に、周囲の人が行うべき応急手当てがあることを、まだ知らない人も多い。2015年から約4年間のデータを用いた日本の研究によると、42%の傷病者しか応急手当てが実施されていなかった。6割は手当てを受けられず救命が間に合わなかった可能性がある。
「1人でも多くの方に応急手当てを行っていただくことが、窒息事故から命を救うことにもつながります。動画なども参考にいざというときに備えてください」(五十嵐氏)
五十嵐豊(いがらし ゆたか)氏
日本医科大学付属病院高度救命救急センター講師
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